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2012年2月15日 (水)

少国民資料館へ

先週、小雪が舞うなか、原爆資料館でボランティアを一緒にしている仲間たちと、少国民資料館を見学しに行って来ました。

“少国民”というのは、先の大戦中に子供達のことを呼んでいた言葉です。
小学校も、当時は「国民学校」と言われてました。

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  所狭しと展示された当時の資料 

この資料館は、市内在住の個人の方がおひとりで開設され、コツコツと集められてきた当時の資料が展示されています。
これだけの資料を個人で集められたことに、頭が下がります。
戦時中の教科書や、子供向けの読み物雑誌、漫画など、貴重な資料を、実際に手に取って見ることができました。

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  戦後、黒塗りにされた教科書。
これを見て、当時の子供達は何を思ったことでしょう。

昭和18年に発行された、子供向け雑誌もありました。

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開いてみると、執筆者の中には、有名な人の名前がいくつも

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  私が好きな室生犀星や、住井すゑさんのお名前もありました。

昭和18年といえば、戦局もどんどん悪くなっていた頃。
内容までは読む時間はありませんでしたが、当時は書ける内容も限られていたこでしょう。
多くの作家が、戦時中は戦争に協力的な作品を書いていたと聞きます。

現在、子供向けの本を書いている者として、この事実は重く受け止めずにいられません。
自分がもしそういう立場になったら…。
これは自分自身にも突きつけられることだと感じました。

二度と、子供達が少国民と呼ばれるような時代が来ないことを願いますし、なにより大人はそんな社会に決してしてはいけない、と思いました。

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コメント

体制が変われば言論の自由も無くなって、仕事として成り立たせるためには仕方がなかったのかなぁ・・・。
その時代の子供たちは戦争が終わって、思想の転換はすぐに出来たのかなぁ・・・・。

少国民の友の本の右下にあるマーク、「小学1年生」の本の小学館のマークに似てる気がします。

投稿: ロン | 2012年2月15日 (水) 19時39分

>ロンさん
そうそう、「少国民の友」を出していたのは小学館ですよ

終戦後の大人の態度の極端な変わり方に、子供心にも、強い不信感を持ったというお話、けっこう聞いたことがあります。
戸惑い、大きかったのではないかな…。

投稿: りとるこっとん | 2012年2月16日 (木) 11時07分

児童文学「赤毛のポチ」「とべたらほんこ」の作者でもある山中恒の「ボクラ小国民」を先日、図書館のリサイクルで入手しました。労作です。ぜひ手にしてみてください。追伸 わたしの勤める福祉施設でもついに職員がインフルで休みました。みなさん、体調管理をしっかりしましょう。

投稿: 浮雲 | 2012年2月16日 (木) 15時19分

貴重な資料が、さりげなく(わりと雑然と)たくさんおいてありましたね。でもガラスケースの中に収められているのではないので、ほんと触ったり手に取ったりできたのでよかったです。
もっと時間があったらあれこれ読んでみたかったですね。
お国のために、死ぬことを美徳と教育されて育った「小国民」や若者にとって、終戦後のおとなたちの臆面もない変わりようは、そりゃあ強い不信感、怒り、衝撃だったでしょうね。
その世代に反骨精神の人が多いのは、そのせいかな。

投稿: ひさちゃん | 2012年2月16日 (木) 16時31分

>浮雲さん
お薦めの本、ぜひ読みたいと思います。
今度図書館で探してみます!

インフルエンザ、猛威をふるっていますね。
また寒くなってきているので、より注意して過ごしたいと思います

投稿: りとるこっとん | 2012年2月16日 (木) 19時01分

>ひさちゃんさん
作家さんも、その時の思いが、作品作りに大きく影響している方もいらっしゃるようです
当時大人だった人は、どう考えていたのでしょうね。
そういうこと、自分の親族とも話しておけばよかったなあと思います。(特に祖母とは)

投稿: りとるこっとん | 2012年2月16日 (木) 19時14分

テレビや本(妹尾河童さんの「少年H」の戦争が終わった直後の、主人公の心理描写シーンは衝撃でした)では当時の様子を見たことはありますが、また手に取れるとなると、違った重みがあるでしょうね。
私は、「少女の友」の変遷を弥生美術館で拝見した時に、権力や、教育力の恐怖を感じました。
私たち大人が、何を伝え、どういう社会にしていきたいと思うかが、未来を決めるので、もっとしっかりしないと!と思います。

投稿: 詩音 | 2012年2月17日 (金) 21時18分

>詩音さん
展示されている書物を見たり、当時の音楽を聴いたりしている間、“マインドコントロール”という言葉がしきりと頭に浮かんできました。
本当に怖いことですね。

館長さんも、おとなにこそ考えて欲しいとおっしゃっていました。
戦後世代は、もっと知る努力をしないといけないですね。

投稿: りとるこっとん | 2012年2月17日 (金) 22時06分

母方の叔母がJOAK唱歌隊に昭和3年に採用され、ラヂオ子供の時間で昭和12年頃迄歌っていました。子供の時間の放送内容を毎月紹介していたのが「ラヂオ子供のテキスト」でした。JOAK唱歌隊の歴史的経過は全く判明していません。終戦時に関係者が資料を廃棄処分にしてしまったということです。ラヂオ子供のテキストに出演した番組の内容が掲載されたので、これを収集しています。

投稿: 三澤 洸 | 2012年12月27日 (木) 13時43分

>三澤洸さん
コメント、ありがとうございます
JOAK唱歌隊の存在、初めて知りました。
資料が廃棄処分にされたというのは、とても残念なことですね。
敗戦の混乱の中、どれほどの貴重な資料が消えていったことだろうかと改めて思います。
少国民資料館のような、当時の子供達の姿を伝え残す場所が、今後ますます大事になってくるように感じます。

投稿: りとるこっとん | 2012年12月27日 (木) 22時27分

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