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2010年5月25日 (火)

“ひとり”を伝えること…

8月が近づくにつれ、長崎では原爆に関するテレビ番組が増えてきます
先週の土曜日には、原爆で亡くなった長崎医科大学の学生の日記をもとにしたドキュメント、「69日~あの日私は19歳だった~」が放送されていました。

日記を残したのは、秋口明海さんという19歳の医大1年生。
6月1日から書き始められた日記は、8月8日で終わっています。
「69日」というのは、彼が日記を書いた日数です。
書き始めてから1日も欠かさず書いていました。
日記の行間から、悩みつつも夢と希望を抱いて日々を過ごしていた、感受性豊かな19歳の青年の姿が生き生きと立ち上がってきました。
どういう医師になっていきたいか、という熱い思いも伝わってきました。
日記は、ひとりの青年が原爆が炸裂する直前までたしかに生きて、存在していたんだということを実感させてくれます。
8月9日以降のページが白紙なのが、なんとも切なくて胸がつまりました。

私は先日、彼が亡くなった地、長崎医科大学(現・長崎大学医学部)へ、小学生達を案内しました。
敷地内には、亡くなった大学及び大学病院関係者の名前を刻んだプレートがあります。
その中に秋口さんの名前もあるのですが、その時はまだ放送前だったので、彼のことは知る由も無く、ただ大まかな説明をして通り過ぎました。
でもこれからは、そこを説明する時には、必ず秋口さんの名前を確認し、日記のことも伝えるつもりです。
たくさん並んでいる名前のひとりひとりが、本当は彼同様、かつて懸命に生きていた人達だったことを、肝に銘じて案内しなくては、と思います。(もちろん他の場所でも)
亡くなった人達のことをただの数字として伝えるのでなく、“ひとり”の姿が見えるような伝え方ができるように、なっていきたいものです

Photo_4

写真は、医学部門柱。爆風で前方に傾いています。


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コメント

その番組、見てません(ノ_-。)残念です。
今日は修学旅行の中学生を案内して爆心地あたりを歩いてきました
この時期は、いつものことですがテレビ局が8月9日に向けての番組制作のために取材にきていました。この熱意がこの時期だけであってはいかんだろう・・・

ところで今日こんなことを聞きました。
爆心地付近で被爆してたったひとりだけ生きのっこた9歳の少女。
ある市民グループがその方の手記を朗読するにあたって連絡をとったのだそうです。
すると「私のフルネームでは朗読しないでほしい。」と言われたそうです。
地元に住んでおられないだけにずいぶん辛いこともあったのでしょうね。
生き残ることができた被爆者のみなさんにとって原爆はまだまだ、心に暗い影を残しているのですね。
「もう65年。」ではなく「まだ65年。」
そのことを忘れないようにしよう!と思いました

投稿: ひさちゃん | 2010年5月26日 (水) 00時24分

>ひさちゃんさん
ボランティアというのは、ともすれば、自己満足に陥りがちで、知識を増やすのはいいですが、自分でもたまに、知り得たことを得意気に話しているのではないかという気がしてしまいます。
被爆者(他の戦争経験者)でも、戦後もずっと辛い思いを話すことなく、胸にしまい続けてきている人がたくさんいることも、忘れないようにしないといけないですね。
やっぱり伝えるって難しいてすね…

投稿: りとるこっとん | 2010年5月26日 (水) 06時47分

私の子どもが広島の大学に行ってます
機会あって初めて原爆ドームや慰霊碑、資料館を見に行きました
原爆ドームを見上げていたら、何故だか涙があとからあとから溢れて止まりませんでした
胸の奥底から突き上げてくる怒り 悲しみ 痛みとでも言いますか
りとるこっとんさんのようにうまく表現できないのですが…
今まで経験したことのない感情でした

後で考えたら憑依されてたのかなぁ(…って、そっちの話かいっ なんて思わないでね)

投稿: きみちゃん | 2010年5月28日 (金) 20時55分

>きみちゃんさん
…って、そっちの話かいっ(゚ー゚;、と一度は突っ込ませていただいて…、と。

私も原爆ドームを見た時は、とにかく圧倒されました。
そこだけ時間が止まっていると感じましたし、きみちゃんさんと同じように、さまざまな想いが一気に押しよせてきて、しばらく立ちつくしていました。
やはり、あの姿であの場所にあることに、ものすごく大きな意味がありますね。
あの建物自体が、強く訴えてきます。

投稿: りとるこっとん | 2010年5月28日 (金) 22時12分

そうなのですね・・・・その番組見たかったです。
私は・・・・被爆者の方とはお会いできたり、本で読んだりしていろいろ考えたり思いを巡らせたりしてきましたが、亡くなった方のことは知りえませんし、あまり考えることがなかった気がします
一人ひとりの命を今の報道の中からも考えないといけないなぁと反省しました。

投稿: のら | 2010年6月 1日 (火) 01時06分

>のらさん
年月が経てば経つほど、新しい記録が出てくるのは難しいですが、逆に年月が経ったからこそ表に出せる、というのもあるかもしれませんので、そういう貴重な記録などがこれからも紹介されるといいですね
アンテナだけはしっかり張っておこうと思います。

投稿: りとるこっとん | 2010年6月 1日 (火) 08時22分

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